管理人のプロフィール

土居克裕(愛媛県出身・東京都在住・ITエンジニア・30代男性)

 

私のプロフィールを開いてくださり、ありがとうございます。

”人から設定されたゴールを追ってしまいがち”
そんな問題を抱えていることに、36歳にしてようやく気づきました。
ただ、落ちても這い上がる不屈の精神は持ち合わせているかもしれません。
そんな私の問題点と強みを紹介させていただきます。
名前は、土居 克裕(ドイ カツヒロ)といいます。
愛媛県松山市の繁華街に生まれました。
幼少期は、水商売のお姉さんと一緒にお風呂(銭湯)に入っていたことも
あったと母から聞いています。

人から設定されたゴールを追ってしまったエピソード

小学一年の頃に好きだった女子を名前で呼んでいると、男子から揶揄われて、
女子を名前で呼ぶことが恥ずかしいことだと勘違いしてしまいました。
それ以降高校生くらいまで、女子のことを名前でも苗字でも呼べなくなりました。
今思うと勿体ないことだと思います。
女の子が好きだと自分が思うのなら、好きでいいじゃないかと
当時の自分に言ってあげたいです。
また、私は26歳まで彼女ができたことがなかったのですが、
特に高校生や専門学生の頃にそのことに囚われて、無駄にエネルギーを
使ってしまったなと後悔しています。
クラスメイトと何気ない会話をする中で、
「セックスの体位の中で何が一番好き?」
などと、セックスをしたことがある前提で質問されることがよくありました。
こういった、会話をするたびに、
「セックスをしたことがないことは、カッコ悪いことだ」
「セックスができるように、彼女を作らなければ」
という思いが強くなっていきました。

自分で決めたゴールがないことによる問題

私は、精神病を理由に会社を退職したことが、これまでに5回もあります。
初めて、精神科に通ったのは社会人になりたての22歳の頃でした。
女性に告白して失敗したことがキッカケで、全般性不安障害という病気に
なってしまいました。
病気になったこと自体は、一生懸命やった結果なので、後悔はしていません。
しかし、気に入らない状況になったり、つまらなくなったら、
精神的に弱いことを言い訳にして、会社を辞めてきたことは問題だったと
36歳になった今、ようやく気づきました。
1度や2度だと、会社を選ぶ目がなかったと捉えることもできますが、
5度もあるということは自分の中に何か他の問題があると判断できると
思います。
自分が本当にやりたいと思って、仕事をしていないから
つまらなくなったりすると、すぐに辞めてしまっていたんだと分析しました。

落ちても這い上がる精神力

親からの愛情を十分に受け取ることができなかったからなのか、
たびたび精神的に病んでは元気になることを繰り返してきました。
私は、これまでに結婚を2回したことがあります。
1回目の結婚をしている時に、
結婚生活へのストレスなのか、夢がうまく叶わないストレスなのか、
大きな借金をしてしまったプレッシャーなのか、理由ははっきりとは分かりませんが、
人生で最も精神を病み、精神科の病院に入院しました。
退院後に、リハビリのために働き始めた中華料理屋のアルバイトでは、神経質になりすぎて
新卒社会人の頃より仕事に行くのが苦痛でした。
その後、離婚を経て、新興宗教の修行に参加して、すっきりと社会復帰をすることを試みましたが、
派遣社員でのデータ入力の仕事でも、神経質になってしまいすぐに退職しました。
もう他の人みたいに家庭を作ったり、お金を稼いだりするのは諦めようと思っていた31歳の頃、
ゲーム(パズドラ)のプレイ動画をYouTubeにアップロードしながら、ローソンでアルバイトを
していたところ、ひょんなことから仮想通貨関連のMLMに友人から誘われました。
「失うものはない」という謙虚な気持ちでパズドラ人生を送っていたため、
その提案にも自然に応じることができました。
それがきっかけとなって「何かを成し遂げよう、世の中のことに目を向けよう」と前向きに
生きることができるようになりました。
これ以外にも、精神的に落ち込んでしまった状態から、何度か復活しているので、
我ながらよく復活したなと思っています。
今、精神的に病んでしまって、人生が真っ暗になってしまっている人にとって
私のエピソードが希望になればいいなと思っています。

得意分野と強み

ここまで人間性についてお話しさせていただきましたが、
技術的な得意分野、仕事や人生における強みについても
お話しさせていただければと思います。
子供の頃、家に置かれていたパソコンが密かにお気に入りでした。
今のように、インターネットができたり、デスクトップから好きなソフトを開いたり
できるようなものではなく、ソフトが入ったディスクをパソコンに入れることで、
やっと1つアプリが動くという不便なものでした。
母に聞いたところ、そのうちのいくつかのソフト(ゲームが多かった)は、
父の知り合いの人がプログラミングして作ったということでした。
当時、スーパーファミコンが全盛期だったのですが、
自分が熱中しているようなゲームを自分で作れる可能性があることを知り、
「自分も作ってみたい!」と思うと同時に、
どうやって作ればいいか全くわからず、一生無理なんじゃないかと思いました。
1分でも多くパソコンを触りたいという理由で、情報処理科がある高校を選択しました。
母は私に大学に行ってほしいと思っていたようで、反対されましたが、
一度やりたいと思ったらやめられない性格が発動して、振り切りました。
学校の授業はノートに鉛筆で黒板の内容を書くだけ、という固定観念があったので、
EXCELで表を作るだけの授業でも楽しかったです。
家では、パソコンで音楽ゲーム(ビートマニア)の曲をつくったり、
インターネットでゲームソフトを探したり、世の中で流行り始めたホームページを作ったりと
パソコンばかりしていました。
母が希望していた大学進学のための勉強を、家でした記憶がありません。
ただ、その後進学したIT系の専門学校では、今まで母の期待を裏切ってきたことを
取り返えそうと意気込み、最低限は頑張りました。
結果、3年間で4種類の高難度試験を受け、ソフトウェア開発技術者試験、テクニカルエンジニア(ネットワーク)、
テクニカルエンジニア(データベース)という3種類の資格を取得することができました。
新卒で入社したIT企業では、他の同期の資格ポイントが「1ポイント」や「3ポイント」であるところ
私は25ポイントほどあり、昇進に必要な6段階のうち5段階目になれる状態だったことは、
その後のITエンジニアとしての人生において、継続的な自信に繋がりました。
仕事においても、1言われたら10やるくらいの勢いだったので、
転々としたどの職場においても、褒められていた記憶が残っています。

今、何をしているか

男は結婚して、子供を作って、働いて、家にお金をたくさん入れて、
いい感じの家を建てることが使命だと思っていました。
「それを達成しなければならない」という思いのもと、
県が主催する婚活パーティーに参加し、今の奥さんと出会いました。
幸運にもすぐに娘を授かり、使命のうちの2つは達成できたと安堵していました。
また、ありがたいことにフリーランスエンジニアが稼げるということを
実践していた友人から教えてもらい、単身赴任という不本意な状況ながらも
家族のための貯金を毎月15万円ほどのペースで増やすことができるようになりました。

現状の課題

冒頭で書いた
「人から設定されたゴールを追ってしまいがち」
という課題は、今だに解決できておりません。
つい3日前まで、
「家を建てるために稼がなければ」
と考えていました。
3日前によく考えてみると、
家が欲しいと思っているのは、自分の希望ではなく、
「世の中の人がそういう目標を持っているから、自分もそうしなければ」
という、自発的ではない目標だったということに気付きました。
4年前に、コーチングで有名な苫米地英人さんに出会いました。
(出会い=苫米地さんの音声CDを聞いたということですが)
苫米地さんは、「ゴールは自分の中から湧いてくるものでないといけない」
とおっしゃっていました。
苫米地さんの約20時間ある音声CDを何十回も聞いてきたにもかかわらず、
まだそれを理解できていなかったということも、少しショックです。
また、1年前にFXトレーダー向けのコーチングで有名なタナカミノルさんにも
出会いました。
こちらも、直接出会ったのではなく、メールマガジンや音声に出会っただけですが。
そこでは、FXトレードのように、人と技術や物を交換し合う思考法を
教わりました。
そして、コーチング的なことを色々と教わってきたのですが、
最近では、「自己愛性パーソナリティー障害」について教わりました。
その弊害として、ゴール設定が下手、ゴールが無い人が多いということを教わりました。
自分のことだ。と思いました。

私が提供できること

同じようなことで悩んでいる人に勇気を与えることができればと思います。
はっきり言って、私はまだまだ未熟です。
けれど、ここに書いてきた文章は紛れもなく事実で、
これからどうなりたいかという想いも数年前から変わっていません。
この文章を読んで、盲点が外れる人がいることを祈って…
2021.5.23 土居 克裕
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